2006年11月11日
エバーメモリアルの由来(1)
今日は朝から、冷たい雨が降っています。
こんなものがあればいいのに・・・という想いから出発して、何処にもないオリジナルの製法で作ることになった、エバーメモリアルの経緯と名前の由来を少し書いてみます。
(書斎に置かれたエバーメモリアル)
今から10年前になります。 1996年11月でした。 私が46歳の誕生日を迎える時でした。
結婚20周年記念で、妻と二人でハワイに行くことになりました。妻は、その時まで飛行機というものに乗ったことはなく、ましてハワイは初めて。
(ワイキキから眺めたダイヤモンドヘッド)
成田から一睡も出来ずハワイへ。 ホノルル空港を眼下にみて、マリンブルーの海の綺麗さに、妻が感動をして涙を流していたのを鮮明に覚えています。
(ダイヤモンドヘッドの頂上からの眺望)
晴天に恵まれ、毎日ワイキキを散歩したりして過しました。そして、歩いてダイヤモンドヘッドに登ろうと言うことになりました。
ワイキキから、下手な英語で道を尋ねながらようやく登り口まで辿り着き、そこからさらに30分。 頂上付近では、懐中電灯でトンネルを照らしながらの登山でした。
トンネルを抜けると、目の覚めるような青空が広がり、ワイキキの浜辺からハナウマ海岸辺りまでが綺麗に一望出来ました。 マリンブルーから瑠璃色に変わる海の色に、ただただ見とれていました。
心地よい風が吹き渡り、「こんな海に、ぱ~と撒いたら気分が良いだろうな・・・」と、妻と私は、どちらからとも無く言っていました。
その遣り取りが合って、今までモヤモヤしていた考えが急に焦点が合ったという感じで、「そうだ、この海に散骨にしよう!」が、それ以来二人の合言葉となりました。
我が家に戻り、一人娘にそのことを話すと、「散骨は賛成だけど・・・何処を向いてどうしていいか分からない!」と素朴な疑問を投げかけてきました。
お墓は要らない、仏壇なんて真っ平ごめんだと日頃から言っていましたので、娘の言うのも最もだと思ったものです。
その遣り取りが契機となり、お墓などに代わるものとして、後に残る人の心の癒しや供養にもなるものは何かと考え続けるようになりました。
そして辿り着いた結論が、ご遺骨で何かを作ると言うことでした。
この発想が、現在のエバーメモリアルに繋がっているのです。
■この続きは次回に・・・
限りあるときを輝いて!
ライフケア研究所
日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
こんなものがあればいいのに・・・という想いから出発して、何処にもないオリジナルの製法で作ることになった、エバーメモリアルの経緯と名前の由来を少し書いてみます。
(書斎に置かれたエバーメモリアル)
今から10年前になります。 1996年11月でした。 私が46歳の誕生日を迎える時でした。
結婚20周年記念で、妻と二人でハワイに行くことになりました。妻は、その時まで飛行機というものに乗ったことはなく、ましてハワイは初めて。
(ワイキキから眺めたダイヤモンドヘッド)
成田から一睡も出来ずハワイへ。 ホノルル空港を眼下にみて、マリンブルーの海の綺麗さに、妻が感動をして涙を流していたのを鮮明に覚えています。
(ダイヤモンドヘッドの頂上からの眺望)
晴天に恵まれ、毎日ワイキキを散歩したりして過しました。そして、歩いてダイヤモンドヘッドに登ろうと言うことになりました。
ワイキキから、下手な英語で道を尋ねながらようやく登り口まで辿り着き、そこからさらに30分。 頂上付近では、懐中電灯でトンネルを照らしながらの登山でした。
トンネルを抜けると、目の覚めるような青空が広がり、ワイキキの浜辺からハナウマ海岸辺りまでが綺麗に一望出来ました。 マリンブルーから瑠璃色に変わる海の色に、ただただ見とれていました。
心地よい風が吹き渡り、「こんな海に、ぱ~と撒いたら気分が良いだろうな・・・」と、妻と私は、どちらからとも無く言っていました。
その遣り取りが合って、今までモヤモヤしていた考えが急に焦点が合ったという感じで、「そうだ、この海に散骨にしよう!」が、それ以来二人の合言葉となりました。
我が家に戻り、一人娘にそのことを話すと、「散骨は賛成だけど・・・何処を向いてどうしていいか分からない!」と素朴な疑問を投げかけてきました。
お墓は要らない、仏壇なんて真っ平ごめんだと日頃から言っていましたので、娘の言うのも最もだと思ったものです。
その遣り取りが契機となり、お墓などに代わるものとして、後に残る人の心の癒しや供養にもなるものは何かと考え続けるようになりました。
そして辿り着いた結論が、ご遺骨で何かを作ると言うことでした。
この発想が、現在のエバーメモリアルに繋がっているのです。
■この続きは次回に・・・
限りあるときを輝いて!
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年11月10日
想いをカタチに!
今日も秋晴れで、昼間は暑いぐらいでした。
先日もご紹介いたしましたが、最近問合せが増えている、人気のエバーメモリアル・ブレスレットをお見せいたします。
大きな親玉は、大切な人のご遺骨を使って手作りで完成させていて、世界でたった一つしかないものです。 これは、親玉以外をターコイズで仕上げたものです。
ちょっとしたお出かけの時も、ご旅行の時も、スポーツをする時も、いつもご一緒です。
今までの単なる習慣や宗教観に拘らない、新しい時代の生き方や選択肢として、注目を集めているものです。
■詳しくは、ホームページをご覧下さい。http://www.lifecare.be/evermemo.htm
限りあるときを輝いて!
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
先日もご紹介いたしましたが、最近問合せが増えている、人気のエバーメモリアル・ブレスレットをお見せいたします。
大きな親玉は、大切な人のご遺骨を使って手作りで完成させていて、世界でたった一つしかないものです。 これは、親玉以外をターコイズで仕上げたものです。
ちょっとしたお出かけの時も、ご旅行の時も、スポーツをする時も、いつもご一緒です。
今までの単なる習慣や宗教観に拘らない、新しい時代の生き方や選択肢として、注目を集めているものです。
■詳しくは、ホームページをご覧下さい。http://www.lifecare.be/evermemo.htm
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年11月09日
晩秋の夕日
今沈もうとしている晩秋の夕日。
綺麗だったので、急いで事務所に戻り、デジカメで撮ってみました。
年末の気分が出てくる今が、1年の締め括りの大切な時期になりますね。
晩秋の爽やかな冷気を感じました。
限りあるときを輝いて!
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
綺麗だったので、急いで事務所に戻り、デジカメで撮ってみました。
年末の気分が出てくる今が、1年の締め括りの大切な時期になりますね。
晩秋の爽やかな冷気を感じました。
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年11月08日
新アイテムを追加!
今日は快晴。
北海道では、思わぬ竜巻で大惨事となりました。
幾分ひんやりとして、例年の11月の感じです。
お客様からのご要望により、エバーメモリアルペンダントに、18金フレームで縁取ったものが遂に完成いたしました。
18金フレームには、生年月日やメッセージを刻印できますので、大切な人を、いつまでもより身近に感じることができると考えています。
■詳しくは、ホームページをご覧ください。 http://www.lifecare.be/evermemo.htm
限りあるときを輝いて!
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北海道では、思わぬ竜巻で大惨事となりました。
幾分ひんやりとして、例年の11月の感じです。
お客様からのご要望により、エバーメモリアルペンダントに、18金フレームで縁取ったものが遂に完成いたしました。
18金フレームには、生年月日やメッセージを刻印できますので、大切な人を、いつまでもより身近に感じることができると考えています。
■詳しくは、ホームページをご覧ください。 http://www.lifecare.be/evermemo.htm
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年11月07日
ちょっと一服!
晩秋の異常とも思える暖かい日が続いています。
でも、今日は立冬ですね。
オーストラリア・グレートバリアリーフにある珊瑚で出来たグリーン島
慣れないPCを触っていて、少し疲れたので、拾ったジョークをひとつ。
このジョークは、「世界の日本人ジョーク集」に掲載されていた、【集団行動】というテーマものです。
豪華客船が航海の最中に沈みだした。
船長は乗客たちに船から海に飛び込むように、指示しなければいけなかった。
船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。
アメリカ人には、「飛込めばあなたは英雄ですよ!」
イギリス人には、「飛込めばあなたは紳士です!」
ドイツ人には、「飛込むのがこの船の規則となっています!」
イタリア人には、「飛込むと女性にもてますよ!」
フランス人には、「飛込まないでください!」
日本人には、「みんな飛込んでいますよ!」
限りあるときを輝いて!
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
でも、今日は立冬ですね。
オーストラリア・グレートバリアリーフにある珊瑚で出来たグリーン島
慣れないPCを触っていて、少し疲れたので、拾ったジョークをひとつ。
このジョークは、「世界の日本人ジョーク集」に掲載されていた、【集団行動】というテーマものです。
豪華客船が航海の最中に沈みだした。
船長は乗客たちに船から海に飛び込むように、指示しなければいけなかった。
船長は、それぞれの外国人乗客にこう言った。
アメリカ人には、「飛込めばあなたは英雄ですよ!」
イギリス人には、「飛込めばあなたは紳士です!」
ドイツ人には、「飛込むのがこの船の規則となっています!」
イタリア人には、「飛込むと女性にもてますよ!」
フランス人には、「飛込まないでください!」
日本人には、「みんな飛込んでいますよ!」
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年11月05日
季節は晩秋へ
お決まりの散歩コースを歩いてきました。
蕨から、京浜東北線沿いに川口まで。
秋を捜して歩きました。
妻と2人で・・・
11月とは思えない温かさです。
(必死に咲いているように見える朝顔)
限りあるときを輝いて!
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
蕨から、京浜東北線沿いに川口まで。
秋を捜して歩きました。
妻と2人で・・・
11月とは思えない温かさです。
(必死に咲いているように見える朝顔)
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年11月04日
ベストシーズン!
オーストラリアは、これからが夏。
オーストラリア東岸に広がる、全長約2000キロにも及ぶ大珊瑚礁群。
それが、世界自然遺産のグレートバリアリーフです。
オーストラリアの小さな田舎町、ケアンズがその玄関口となっています。
暫くは、行きたくともいけないので、今日は大好きなグレートバリアリーフの写真を掲載してみます。
限りあるときを輝いて!
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オーストラリア東岸に広がる、全長約2000キロにも及ぶ大珊瑚礁群。
それが、世界自然遺産のグレートバリアリーフです。
オーストラリアの小さな田舎町、ケアンズがその玄関口となっています。
暫くは、行きたくともいけないので、今日は大好きなグレートバリアリーフの写真を掲載してみます。
限りあるときを輝いて!
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2006年11月03日
あ~上野駅!
人に会うために、何年ぶりかの上野駅。
上野公園への階段
急に思い立ち、デジカメを持って出かけました。
今から37年前、和歌山の田舎から、大学受験のために東京に出てきました。
当時東京で知っているところといえば、何時も田舎でプロレス中継を見ていたときに映っていた、今で言う銀座4丁目の角にある丸い三愛ビル。そして、上野の西郷さん位でしょうか。
2月に受験が終わり、落ちるなどとはつゆ思わず、翌日から住み込みで働けるバイトを探しました。
入学金とかアパートを借りるお金を作るためです。
「そうだ、上野に行ってみよう!」
そして、アメ横から忍ばずの池の周りを捜し歩いて、一枚のポスターを見つけました。
それが、「蓬莱閣」という中華料理店でした。
そして、翌日からアルバイトをすることに・・・
田舎者の自分にとって、その時まで餃子など見たことも無く、まして、高級な中華料理など名前も知らない状態でした。 いろいろと面白いエピソードがたくさんありますが、機会があればそれも書いて見たいと思います。
「蓬莱閣」は、忍ばずの池の畔に今もありました。
建物を眺めていると、18~19歳の自分の姿が鮮明に浮かんできます。
4月の上野のお花見の頃。 5~6人分のコーンスープが入った大きなスープ皿。 余りの混雑でテーブルの上に置くスペースが無く、しっかりと持って運んだんですが、熱すぎて重すぎて、遂に満席状態の床に落としてしまったこと。
お客さんから下げた料理で、残っていた大きなトンポーロや餃子を、厨房の手前で内緒で食べたときのなんと美味しかったことか。
しばしそんな感傷に浸ってから、約束をしていた人と、西郷さんの銅像前で落ち合いました。
そして、約2時間ほど、初対面であるにも拘らず、本当に深いレベルの話しが出来ました。
「今度は、お酒でも酌み交しながらお話しをしましょう・・・!」と言って、握手をして別れました。
楽しく有意義なひとときでした。
限りあるときを輝いて!
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上野公園への階段
急に思い立ち、デジカメを持って出かけました。
今から37年前、和歌山の田舎から、大学受験のために東京に出てきました。
当時東京で知っているところといえば、何時も田舎でプロレス中継を見ていたときに映っていた、今で言う銀座4丁目の角にある丸い三愛ビル。そして、上野の西郷さん位でしょうか。
2月に受験が終わり、落ちるなどとはつゆ思わず、翌日から住み込みで働けるバイトを探しました。
入学金とかアパートを借りるお金を作るためです。
「そうだ、上野に行ってみよう!」
そして、アメ横から忍ばずの池の周りを捜し歩いて、一枚のポスターを見つけました。
それが、「蓬莱閣」という中華料理店でした。
そして、翌日からアルバイトをすることに・・・
田舎者の自分にとって、その時まで餃子など見たことも無く、まして、高級な中華料理など名前も知らない状態でした。 いろいろと面白いエピソードがたくさんありますが、機会があればそれも書いて見たいと思います。
「蓬莱閣」は、忍ばずの池の畔に今もありました。
建物を眺めていると、18~19歳の自分の姿が鮮明に浮かんできます。
4月の上野のお花見の頃。 5~6人分のコーンスープが入った大きなスープ皿。 余りの混雑でテーブルの上に置くスペースが無く、しっかりと持って運んだんですが、熱すぎて重すぎて、遂に満席状態の床に落としてしまったこと。
お客さんから下げた料理で、残っていた大きなトンポーロや餃子を、厨房の手前で内緒で食べたときのなんと美味しかったことか。
しばしそんな感傷に浸ってから、約束をしていた人と、西郷さんの銅像前で落ち合いました。
そして、約2時間ほど、初対面であるにも拘らず、本当に深いレベルの話しが出来ました。
「今度は、お酒でも酌み交しながらお話しをしましょう・・・!」と言って、握手をして別れました。
楽しく有意義なひとときでした。
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年10月28日
曇りのち晴れ!
延期していた銚子沖からの黒潮海流への海洋自然葬(散骨)を、昨日(2006年10月27日)行いました。
ご依頼主の○○様であるお母様とお嬢様お二人には、1:45分にマリーナにお越しいただきました。
航行上の諸注意事項のご説明をした後、海洋自然葬(散骨)の流れをご確認して、2:00にマリーナを出航。
黒潮海流への海洋自然葬の風景
空模様は、今にも雨が降り出しそうな感じす。
心の中で、「頼むから、降らないでくれよ・・・!」と願っていました。
さすが、太平洋。
さすが、黒潮海流。
ここ2~3日来のうねりが残っていていました。
かなりのうねりの中を、約40分程航行して予定のポイントに到着。
この辺りから、願いが通じたのか、空に晴れ間が見え出してきました 。
雲間から、太陽が顔を覗かせました!
そして、自然に無害の水に溶ける特殊な袋に入れたご遺骨を、花びらと一緒に心を込めて、海にお還しいたしました。
「おとうさん、ありがとう・・・・!」という、言葉が海に響き渡りました。
そして、全員で黙祷を捧げ、汽笛とともに、海洋自然葬(散骨)実施海域を、大きく一周して、マリーナに帰港。
「これで、本当にほっとしました。ありがとうございました。」と言って頂けたのが嬉しかったですね・・・・。
限りあるときを輝いて!
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ご依頼主の○○様であるお母様とお嬢様お二人には、1:45分にマリーナにお越しいただきました。
航行上の諸注意事項のご説明をした後、海洋自然葬(散骨)の流れをご確認して、2:00にマリーナを出航。
黒潮海流への海洋自然葬の風景
空模様は、今にも雨が降り出しそうな感じす。
心の中で、「頼むから、降らないでくれよ・・・!」と願っていました。
さすが、太平洋。
さすが、黒潮海流。
ここ2~3日来のうねりが残っていていました。
かなりのうねりの中を、約40分程航行して予定のポイントに到着。
この辺りから、願いが通じたのか、空に晴れ間が見え出してきました 。
雲間から、太陽が顔を覗かせました!
そして、自然に無害の水に溶ける特殊な袋に入れたご遺骨を、花びらと一緒に心を込めて、海にお還しいたしました。
「おとうさん、ありがとう・・・・!」という、言葉が海に響き渡りました。
そして、全員で黙祷を捧げ、汽笛とともに、海洋自然葬(散骨)実施海域を、大きく一周して、マリーナに帰港。
「これで、本当にほっとしました。ありがとうございました。」と言って頂けたのが嬉しかったですね・・・・。
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年10月26日
海洋自然葬(散骨)の準備中!
今日は、爽やかな秋晴れになりましたね。
今日の朝から、明日(10月27日)に順延した銚子沖からの黒潮海流への海洋自然葬(散骨)準備中です。
地図はこちら
明日も、今日のような快晴になることを願っています。
ハワイの海
「どこの海がいいんですか・・・?」と、度々きかれます。
そこで、今日は私の考え方といいますかいい意味での拘りを、少しご説明させていただきます。
東京湾でも、海洋自然葬(散骨)をすることはできますが、あまりお薦めしたくはありません。
生きとし生けるもの全ては、この水の惑星・宇宙船地球号から生まれました。その母体は、海です。つまり、「自然から生まれて、自然に還る!」ということは、あらゆる国、あらゆる歴史、あらゆる宗教的概念を超えて、何の不思議も無いことだと思います。
その中でも、黒潮海流は、日本列島を北上して、丁度銚子沖辺りから太平洋の大海原に出ます。そして、ハワイ沖を進んで、アメリカ西海岸を南下し、メキシコ沖辺りから海底に潜り込みます。 ゆっくりとゆっくりと海底を流れ続けて、幾筋もの流れに枝分かれをします。 そして、何百年後かにまた海の表面を流れる海流となるのです。
このように、黒潮海流は、地球のエコシステムを支えている大循環なのです。 生きていた時に、たとえ外国などに行けなかったとしても、黒潮海流に還ることにより、地球の大自然に溶け合って、永遠に生き続けるのです・・・これは、素敵な考え方だと思います。
限りあるときを輝いて!
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今日の朝から、明日(10月27日)に順延した銚子沖からの黒潮海流への海洋自然葬(散骨)準備中です。
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明日も、今日のような快晴になることを願っています。
ハワイの海
「どこの海がいいんですか・・・?」と、度々きかれます。
そこで、今日は私の考え方といいますかいい意味での拘りを、少しご説明させていただきます。
東京湾でも、海洋自然葬(散骨)をすることはできますが、あまりお薦めしたくはありません。
生きとし生けるもの全ては、この水の惑星・宇宙船地球号から生まれました。その母体は、海です。つまり、「自然から生まれて、自然に還る!」ということは、あらゆる国、あらゆる歴史、あらゆる宗教的概念を超えて、何の不思議も無いことだと思います。
その中でも、黒潮海流は、日本列島を北上して、丁度銚子沖辺りから太平洋の大海原に出ます。そして、ハワイ沖を進んで、アメリカ西海岸を南下し、メキシコ沖辺りから海底に潜り込みます。 ゆっくりとゆっくりと海底を流れ続けて、幾筋もの流れに枝分かれをします。 そして、何百年後かにまた海の表面を流れる海流となるのです。
このように、黒潮海流は、地球のエコシステムを支えている大循環なのです。 生きていた時に、たとえ外国などに行けなかったとしても、黒潮海流に還ることにより、地球の大自然に溶け合って、永遠に生き続けるのです・・・これは、素敵な考え方だと思います。
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年10月19日
紅葉を始めたランドマーク
昨夜は、団塊世代の活動を支援する【NPO法人新現役ネット】の交流会のひとつである、【BC交流会】に参加。
多くの出会いと活力を貰って、12時過ぎに帰宅する。
そして、秋晴れが続いている今日。
私が蕨のランドマークツリーと呼んでいる、蕨駅前の大木を見上げると、何時しか紅葉が始まっていた。
今年も、10月中旬となり、あと2ヶ月余り。
2007年用の手帳やカレンダーが、文房具店に並ぶ季節を迎えた。
限りあるときを輝いて!
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日々生き方から、人生の仕舞い方まで
多くの出会いと活力を貰って、12時過ぎに帰宅する。
そして、秋晴れが続いている今日。
私が蕨のランドマークツリーと呼んでいる、蕨駅前の大木を見上げると、何時しか紅葉が始まっていた。
今年も、10月中旬となり、あと2ヶ月余り。
2007年用の手帳やカレンダーが、文房具店に並ぶ季節を迎えた。
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日々生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年10月17日
深まる秋
日に日に深まる秋。
海洋自然葬(散骨)のご依頼で、ご遺骨をお預かりするために、埼玉県戸田市に行ってきました。
床に乱反射する埼京線・武蔵浦和駅
亡くなられたご主人は、《何としても海に散骨をして欲しい・・!》が、遺言だったそうです。
《私も、海に撒いて欲しい!》と奥様が仰り、傍で娘さんが微笑んで頷いていらっしゃいました。
奥様のお兄さんも、海洋自然葬(散骨)を強く希望なさっているとの事。
深まる秋の夕日(埼京線・武蔵浦和駅)
別れ際に、奥様が、《いい人に巡り会えて、本当によかった・・・!》と深々と頭を下げていただきました。
《お役に立てたんだ!》と、深く実感出来た瞬間です。
葬送に対する考え方が根本から変化して、時代の風が吹き始めたと感じる一日でした。
限りあるときを輝いて!
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
海洋自然葬(散骨)のご依頼で、ご遺骨をお預かりするために、埼玉県戸田市に行ってきました。
床に乱反射する埼京線・武蔵浦和駅
亡くなられたご主人は、《何としても海に散骨をして欲しい・・!》が、遺言だったそうです。
《私も、海に撒いて欲しい!》と奥様が仰り、傍で娘さんが微笑んで頷いていらっしゃいました。
奥様のお兄さんも、海洋自然葬(散骨)を強く希望なさっているとの事。
深まる秋の夕日(埼京線・武蔵浦和駅)
別れ際に、奥様が、《いい人に巡り会えて、本当によかった・・・!》と深々と頭を下げていただきました。
《お役に立てたんだ!》と、深く実感出来た瞬間です。
葬送に対する考え方が根本から変化して、時代の風が吹き始めたと感じる一日でした。
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
Posted by オリジン研究所 at
18:08
│Comments(1)
2006年10月12日
ケアンズとミコマスケイ
今日は朝から、何故か頭に、グレートバリアリーフが浮かんできます。
10~11月に、オーストラリアではジャカランダの薄紫色の花が一斉に咲き乱れます。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=222691046&owner_id=2382117
今は、春から夏の季節です。
世界自然遺産のグレートバリアリーフへの玄関口である、ケアンズ。 フレンドリーな人々が住む小さな田舎町です。そして、世界的に有名な観光の街。
ケアンズの港(marlin marina)から、大型帆船のクルーザーで約2時間ほど行くと、マリンブルーの海に忽然と珊瑚礁から出来た小さな島、最後に残された楽園と言われるミコマスケイに着きます。
朝目覚めてから、夜寝るまで、全てが感動のグレートバリアリーフ・・・と言う言葉がピッタリ。
興味のある方は、こちらを覗いてみてください。
http://lifecare.tencho.cc/e4407.html#comments
日記を書いているこの瞬間、意識は、ケアンズとグレートバリアリーフになっています。
行ってみたいですね・・・
限りあるときを輝いて!
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10~11月に、オーストラリアではジャカランダの薄紫色の花が一斉に咲き乱れます。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=222691046&owner_id=2382117
今は、春から夏の季節です。
世界自然遺産のグレートバリアリーフへの玄関口である、ケアンズ。 フレンドリーな人々が住む小さな田舎町です。そして、世界的に有名な観光の街。
ケアンズの港(marlin marina)から、大型帆船のクルーザーで約2時間ほど行くと、マリンブルーの海に忽然と珊瑚礁から出来た小さな島、最後に残された楽園と言われるミコマスケイに着きます。
朝目覚めてから、夜寝るまで、全てが感動のグレートバリアリーフ・・・と言う言葉がピッタリ。
興味のある方は、こちらを覗いてみてください。
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日記を書いているこの瞬間、意識は、ケアンズとグレートバリアリーフになっています。
行ってみたいですね・・・
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
2006年10月08日
十六夜(いざよい)の月
昨夜、晴れ渡っていて、十六夜の月が綺麗でした。
事務所からの帰りがけに、デジカメを持ち出して撮ってみました。
十五夜は、別名で無月。
秋の長雨などで、なかなか見ることが出来ないところから名付けられたようです。
翌日は、昨日の十六夜。
今日は、別名で、立待月。
さらに、居待月、寝待月、更待月と続きます。
日本語は、奥深いですね。
ここまでいろんな別名があることを、初めて知りました。
限りあるときを輝いて!
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
事務所からの帰りがけに、デジカメを持ち出して撮ってみました。
十五夜は、別名で無月。
秋の長雨などで、なかなか見ることが出来ないところから名付けられたようです。
翌日は、昨日の十六夜。
今日は、別名で、立待月。
さらに、居待月、寝待月、更待月と続きます。
日本語は、奥深いですね。
ここまでいろんな別名があることを、初めて知りました。
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2006年10月05日
日記の栞
関東地方は、朝から冷たい雨が降っています。
花水木の紅く染まりだした葉を、ひとつ持ち帰りました。
そして、20年来書き続けている日記の栞に。
ほんの小さなことで、秋を感じています。
限りあるときを輝いて!
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花水木の紅く染まりだした葉を、ひとつ持ち帰りました。
そして、20年来書き続けている日記の栞に。
ほんの小さなことで、秋を感じています。
限りあるときを輝いて!
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2006年10月05日
日記の栞
関東地方は、朝から冷たい雨が降っています。
花水木の紅く染まりだした葉を、ひとつ持ち帰りました。
そして、20年来書き続けている日記の栞に。
ほんの小さなことで、秋を感じています。
限りあるときを輝いて!
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花水木の紅く染まりだした葉を、ひとつ持ち帰りました。
そして、20年来書き続けている日記の栞に。
ほんの小さなことで、秋を感じています。
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2006年09月27日
秋雨の中で新政権発足!
昨日今日と、秋の雨が降っています。
混沌とした世界情勢の中で、東アジアの日本に、第90代、57人目で、52歳の安倍晋三首相の新政権が発足いたしました。
ある新聞のコラムを、ここに転載いたします。
◆ルーブル美術館にある、高さ2mあまりのハンムラビ法典の石碑の上部には、太陽神がハンムラビ王に杖のような棒と丸い輪を渡しているレリーフが彫られている。棒は物差し、輪は巻尺だといわれている。古代メソポタミアでは、物差しが王権のシンボルだった。
◆物差しは神殿の建設を神に許されたことの証であり、同じようなレリーフは各地で見つかっている。中には、王が綱やコンパスなどを担いだ絵柄もあるという。王はまず計量する王であり、建設する王だったのだ。
◆では、王の物差しにはどんな尺度が刻まれているのか。新たな権力者が生まれれば、誰しもその人物が事を処するのにどんな基準を用いるのかが気になる。今日の政治にあって、まずリーダーの持つ物差しの尺度がはっきり表れるのが政権のチーム作りだ。
◆第90代、57人目、ご当人は52歳という安倍晋三首相の新政権の発足である。組閣にあたって、首相官邸主導の大統領型の政策立案を目指し、派閥にとらわれない人事を行うという基準を示した新首相だ。いきおい縦割り官僚機構や、党内力学に足をとられぬ清新なチームが期待された。
◆さて、実際の顔ぶれを見れば、まず総裁選の《論功行賞内閣》との声が出た。政策理念や体質の似通った人々を集め、スケール感や清新さに乏しい《仲間内内閣》という評もある。だがそれもこれも首相の大統領型リーダーにもとづく新尺度の人事ということなのだろうか。
◆新首相が組閣にあたって最初に手にした物差しは、「美しい国」という壮麗なスローガンの割には意外に細かな尺度が刻まれていたようだ。それでどのような神殿が建てられるのかは、しばらく新首相のリーダーシップを見守るしかない。
表面をなぞるような腰の引けた文章ではある。
しかし、ひとりひとりが、本気で見守らないといけないことは確かだと思う。
限りあるときを輝いて!
ライフケア研究所
日々の暮らしから、人生の仕舞い方まで
混沌とした世界情勢の中で、東アジアの日本に、第90代、57人目で、52歳の安倍晋三首相の新政権が発足いたしました。
ある新聞のコラムを、ここに転載いたします。
◆ルーブル美術館にある、高さ2mあまりのハンムラビ法典の石碑の上部には、太陽神がハンムラビ王に杖のような棒と丸い輪を渡しているレリーフが彫られている。棒は物差し、輪は巻尺だといわれている。古代メソポタミアでは、物差しが王権のシンボルだった。
◆物差しは神殿の建設を神に許されたことの証であり、同じようなレリーフは各地で見つかっている。中には、王が綱やコンパスなどを担いだ絵柄もあるという。王はまず計量する王であり、建設する王だったのだ。
◆では、王の物差しにはどんな尺度が刻まれているのか。新たな権力者が生まれれば、誰しもその人物が事を処するのにどんな基準を用いるのかが気になる。今日の政治にあって、まずリーダーの持つ物差しの尺度がはっきり表れるのが政権のチーム作りだ。
◆第90代、57人目、ご当人は52歳という安倍晋三首相の新政権の発足である。組閣にあたって、首相官邸主導の大統領型の政策立案を目指し、派閥にとらわれない人事を行うという基準を示した新首相だ。いきおい縦割り官僚機構や、党内力学に足をとられぬ清新なチームが期待された。
◆さて、実際の顔ぶれを見れば、まず総裁選の《論功行賞内閣》との声が出た。政策理念や体質の似通った人々を集め、スケール感や清新さに乏しい《仲間内内閣》という評もある。だがそれもこれも首相の大統領型リーダーにもとづく新尺度の人事ということなのだろうか。
◆新首相が組閣にあたって最初に手にした物差しは、「美しい国」という壮麗なスローガンの割には意外に細かな尺度が刻まれていたようだ。それでどのような神殿が建てられるのかは、しばらく新首相のリーダーシップを見守るしかない。
表面をなぞるような腰の引けた文章ではある。
しかし、ひとりひとりが、本気で見守らないといけないことは確かだと思う。
限りあるときを輝いて!
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日々の暮らしから、人生の仕舞い方まで
2006年09月23日
2006年09月20日
2006年09月19日
ジャカランダの花
お彼岸も近づいて来ました。
季節が、秋へと移って行く頃ですね。
前にもこの日記で少し触れたことがありますが、毎年今頃になると、日本ではあまり馴染みの無い、《ジャカランダ》という花を思い出します。
この花はアフリカ原産であり、オーストラリアや東南アジアなどの街路樹として多く栽培されております。
オーストラリアでは、初夏の10月から11月にかけて一斉に咲き乱れます。
今から11年前。
初めてオーストラリアのゴールドコーストに行った時に、ジャカランダの花が咲いていました。
そして、オーストラリアが大好きになりました。
その時以来、薄紫色のジャカランダの花は、澄み渡った青空と白いビーチを思い出させてくれる、忘れられないものとなっています。
限りあるときを輝いて!
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日々の生き方から、人生の仕舞い方まで
季節が、秋へと移って行く頃ですね。
前にもこの日記で少し触れたことがありますが、毎年今頃になると、日本ではあまり馴染みの無い、《ジャカランダ》という花を思い出します。
この花はアフリカ原産であり、オーストラリアや東南アジアなどの街路樹として多く栽培されております。
オーストラリアでは、初夏の10月から11月にかけて一斉に咲き乱れます。
今から11年前。
初めてオーストラリアのゴールドコーストに行った時に、ジャカランダの花が咲いていました。
そして、オーストラリアが大好きになりました。
その時以来、薄紫色のジャカランダの花は、澄み渡った青空と白いビーチを思い出させてくれる、忘れられないものとなっています。
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