2006年03月17日

木蓮の花





住まいの近くにあるグラッチェで、久方ぶりに妻と昼食を共にしました。 ふと何気なく外を眺めると、いつも間にか、木蓮の花が咲き出していました。

急いで事務所に帰り、デジカメを持ち出して撮影をしました。

上の写真が、グラッチェの傍の木蓮の大木。   下が、住んでいるマンションの敷地に咲いた木蓮の花です。

季節は確実に移り、間もなく、春のお彼岸です。

2006年の春です。  

Posted by オリジン研究所  at 15:27Comments(0)暮らしと葬儀のあり方

2006年03月05日

啓蟄の日(3月6日)




明日は、啓蟄の日です。

春の太陽に暖められて、虫たちが土中から這い出してくる季節。 face_02

アスファルトとコンクリートで塗り固められた都会(最近は何処でもそうですが・・・)で育った人には、実感が湧かないことでしょうが、実に上手く自然を捉えたいい言葉だと思います。

この季節は、犬や猫も発情期を迎えます。生命のエネルギーが充満する季節です。

木々の新芽は、日に日に成長します。褐色で寂しかった山の色合いも、淡いグリーンに変化し始めます。 日替わりメニューのように、草花が先を争って咲き出します。

そんな中で、ひとり人間だけが、なまじ知恵があるために、悩んでいると考えることが出来ます。やらなくても良いことをやり、考えなくても良いことまで考え、人間は地球の嫌われ者となっています。

人間も、自然から生まれたのであり自然の一部だと、謙虚に思えた時に、深奥からのエネルギーが湧き出るのではないでしょうか。

世阿弥が、能楽の伝書「花鏡」の中で、【離見の見】(りけんのけん)と説いています。 自己を離れて、高い場所から、自己をより客観的にとらえて、自分を見つめ直すということです。

この季節は、自分のこれからの生き方や、考え方を前向きに見つめ直すいい季節ではないでしょうか

暖かいので、これからお決まりの散歩に出て、自分も考えようと思います。


  

Posted by オリジン研究所  at 17:31Comments(0)暮らしと葬儀のあり方

2006年03月04日

川口にて

蕨から川口まで散歩をした。風は冷たいが、すっかり春の陽気だ。
  

Posted by オリジン研究所  at 16:59Comments(0)

2006年03月04日

一枚の世界地図

昨日は、3月3日。 桃の節句でした。
 
娘がまだ小さかった頃。 余り高価なものではありませんでしたが、雛人形を、大事そうにサイドボードの上に飾ったものでした。懐かしく思い出します。

この土日は暖かいとのこと。 本格的な春の訪れです。


ところで、今日は、少し変わったことを書いてみたいと思います。

自宅マンションの書斎に、オーストラリアで購入した一枚の世界地図が貼ってあります。この地図は変わっています。日本で普通に見かける世界地図とは違い、上が南、下が北というもので、オーストラリアがその中心にあります。英語では、The upside-down map といいます。

イメージが湧くでしょうか・・・?

何度眺めても、なかなか馴染めないものですが、これも脳細胞に永年に亘り、刷り込まれた思考パターンのなせる業だろうと思われます。

世界地図を逆に見ただけで、世界観というか、ものの見方や発想が変わるのです。  

しかも、オーストラリアが中心にあるといいましたが、これにも深い意味があります。 

日本で作られる世界地図は、当然のごとく、日本が赤い色で中心に描かれています。同じように、アメリカで作られた地図は、アメリカが中心となります。

今では余り聞かれなくなった言葉に、日本や韓国などを指して、【極東】という言葉があります。 これは、ヨーロッパやアメリカで作られた世界地図では、東の端っこにあるという意味です。

つまり、何処の国でも、自国が中心なのです。

この論理と相似形を成していることで、全世界のどんな大問題よりも、自分の歯の痛いことの方が大切だということもできます。 つまり、他人から見れば些細なことでも、本人にとっては大問題となります。  ここに、国家間の外交や、人間関係における本質的な難しさが、横たわっています。

そして、これらの全てを判断しているのが、永年に亘り刷り込まれた、お互いの脳細胞なのです。

受け継がれてきた伝統というものも含めて、世間の常識というものの虚構性や、単なる習慣というものを、このたった一枚の世界地図から考えてみるのも面白いと思いますが・・・!?

お互いが、初めて迎える、2006年の春の始まりです。

限りあるときを輝いて!の言葉の通りに、輝く日々を送りたいものです。  

Posted by オリジン研究所  at 13:57Comments(0)暮らしと葬儀のあり方

2006年03月01日

弥生3月。

誰にでも3~4月には、ほろ苦くも切ない、大切な思い出があります。 それは、それぞれの人生の節目を、この季節に迎える人が多いからだと思います。


戸田公園駅近くの川に沿って植えられた桜並木を、雨の中、ひとりで歩きました。  ふと見上げると、桜の木の先端まで、本格的な春を待つ、まだ硬い蕾がびっしりと付いていました。


春になれば、いつもの年と同じように桜が咲きます。

春の草花も、一斉に咲き乱れます。



しかし、景色は同じようでも同じではなく、まして人は同じではあり得ません。 今日というこの日を生きることは、誰にとっても初めてのことであり、二度と無いことです。

だからこそ、今日という日がかけがえのない日なのだろうと思います。


そんなことを思いながら、雨の桜並木を歩きました。
  

Posted by オリジン研究所  at 20:12Comments(1)暮らしと葬儀のあり方